« 句会でした | トップページ | ハシビロコウ »

2008年9月 9日 (火)

危うい句

先日の日曜日に柴又帝釈天に吟行に出かけた。
映画フーテンの寅さんでも有名な帝釈天は、
生まれた町からも近いということで、
子供のころからよく来ていた場所。
今も毎年、初詣に出かける場所でもある。

本堂前の樹齢四百年以上の立派な瑞龍松。
まさに枝ぶりは龍のごとく。
亡き父が大好きだった松だ。
秋の風を受けて、色変えぬ松が青々としていた。
胴羽目彫という精密な彫刻のギャラリーや、
池をめぐる回廊の庭園など、見所はいっぱい。

途中帝釈天を抜けて、江戸川の土手にも行った。
江戸川の土手には野球場やサッカー場があり、
秋の陽射しの中、たくさんの試合が行われていた。
句材には困らない、
いや、句材がありすぎるくらいの吟行地だった。

川を渡ればふるさとの町だ。
子供のころから来ていた土手は、川の向こう側。
土手はたくさんの思い出の場所でもある。

そう、ここは「矢切の渡し」のある川で、
あの細川たかしの唄にある場所。
この日は秋暑しの一日で陽射しも強かったけれど、
久々に矢切の渡し船にも乗ってみた。
片道約5分。料金は100円だ。
時間がないから、
ふるさとの町に着いてすぐ、また引き返してきたけれど、
川風を受けての渡し船は気持ちがよかった。

この吟行は10句投句。
私はいつも、7句くらいはなんとかできても
あとの3句に苦しむ。
今回も苦しんだーーー。

ところが・・・句会になってみて、驚くべきことが・・・!!
なんと、私の1句が最高点だったのだ。
まぁ、たまにはそういうこともあるか・・・?!
なんて思ったけど、それはそれでうれしいものだ。
でも自分の期待していた句にはほとんど点が入らず。
まぁ、句会ではよくあることです。

しかし、すべての講評が終わってから、
指導してくださっている同人の方が
この私の句を、「危うい句」と言われたのだ。

よくできている。
きっと実景なのだろうと思う。
景も見えるし、共感も得られるから、
こうしてたくさんの人が選んだのだと思う。
が、しかし、この句、この言い方は、
絶対にどこかにある!

類想、類句を恐れてはいけないけれど、
でも、どこかにあったという句は、
所詮先に発表された句が認められるもの・・・。
こういうのはとても危うい句だ、と言われた。

なるほど・・・そうかもしれない、と私も思った。
というか、全くそのとおりで、
実は渡し船に乗り降りする際に見たものを
そっくりそのままを句にしたのだ。
ただ季語は当日とはやや違うけれど、
どれがいいかな、と、あれこれ差し替えたりはしたのだけれど、
季語以外の部分は見たままを言葉にしたまでだった。

こういう句を大きな俳句大会などに出すと、
類句ありという扱いで
受賞を取り消されることも多いという。

句会でもよくたくさんの互選があっても、
主宰や指導の同人の方だけが採らない句がある。
たくさんの句を眼にしている主宰や先輩がたには
眼にしたことのある句なのかもしれない。

俳句はたった17文字。
見たものを表現する際に使う言葉は
たまたま同じになってしまうこともあるのだろう。
ちょっとショックだったりもしたけれど、
うん、しかたないなぁ・・・と思った。

でも、帰り道に、指導してくださった方が、
決して悪い句ではないんだ。
そこまでの句ができるということなんだ・・・と話してくれた。
主宰の出られる句会に出してみるのもいい。
またいろいろな意見が聴けていいかもしれない、と言われた。
なんとなく少し救われた気持ちになれた。

そして・・・思った。
あぁ、まだまだだなぁ。
知らないことがいっぱいある。
知らない句、知らない俳人、知らない季語・・・。

やっぱり俳句は苦しい、でも、楽しい。
うん、やめられないなぁ・・・(^^;
うん、またがんばろう。
そんな風に思った一日だった。
では問題の一句です。

  つぎはぎの板の桟橋いわし雲 かつこ

1020267_img

|

« 句会でした | トップページ | ハシビロコウ »

俳句」カテゴリの記事

コメント

おめでとうございます。
「つぎはぎの」が危ういということでしょうか。
面白くて奥深し・・俳句は。

投稿: けんいち | 2008年9月 9日 (火) 07時49分

>やっぱり俳句は苦しい、でも、楽しい。
うん、やめられないなぁ・・・

同感です。僕も頑張ります!(^^ゞ

投稿: 義風 | 2008年9月 9日 (火) 09時25分

拝見しました。「つぎはぎの板の桟橋いわし雲」大変いい句です。昔、私の知人が季語は忘れましたが「―-湖の桟橋板二枚」と云う句を作り、先生選に入りました。今日「浜俳句鑑賞」を見
ましたが、発見できませんでした。
手賀沼に行くと、同じような光景が多く、その句が気になり、以後、似たような句を沢山作りました。先生選に1句ぐらい入ったかの知れませんが、多分、句集には載せてないと思います。
「百鳥」の会に出して、様子を見たほうがいいと思います。もし大きな大会等に出して、類想、類句で取り消されると困ります。
この種の句はとにかく、同じような場に立つと、つい似たような句が作られがちですので、念のため。
かつこさんだから申しました。普通の人なら申し上げませんでした。

投稿: yuyusi | 2008年9月 9日 (火) 12時42分

いい句ですよね
俳句って辛くて楽しくて・・・
振り回されています

投稿: 玉紅 | 2008年9月 9日 (火) 20時22分

類想句ありの経験をしたひとりです。
「おくのほそ道」で芭蕉が訪ねた山寺での吟行句会でのことです。連盟会長と副会長お二人から、採っていただいたのですが
選評でおなじように注意されたものです。
「冬天へ一段ずつの立石寺」がその時の句です。
石段を登り始めた瞬間、ひらめいた句で、推敲無しのままの句です。いかんともしがたい気持ちでした。
でも私は開きなおって気にしないことにしています。
見たままは、全く同じ句が出ることもあるのですから。

投稿: 津慶 | 2008年9月 9日 (火) 23時31分

みなさま、たくさんのコメントありがとうございました。
ちょっと帰りが遅くなってしまってごめんなさい。

>けんいちさん
 ありがとうございます。
 危ういと言われたのは、「板がつぎはぎ」であるとか
 「板の桟橋」という表現がどこかにありそうということでした。
 うん、確かに俳句は面白くて奥深しいですね。

>義風さん
 コメントありがとうございます。
 ホントに俳句は苦しいですね。
 でも、やっぱり楽しい。やめられませんよ・・・ね!

>yuyusiさん
 ありがとうございます。
 コメントいただけるなんて思ってもいなかったので
 驚きましたが、とってもうれしかったです。
 本当にどこにでもこんなような光景があるのでしょうね。
 自分では発見!と思っても、
 言葉にまとめようとすると、同じような言い回しになってしまうことも
 多いのではないかと思います。
 今回のことはとても勉強になったと思って感謝しています。
 ご指摘を受けたこともありますし、
 大きな大会等には出すつもりもありませんので、大丈夫です。
 これからもご指導よろしくお願いいたします。

>玉紅さん
 ありがとうございます。
 本当に俳句は短いのに、いや短いからこそ、難しいですよね。
 でもそこが魅力なのでしょうね。
 いつのまにか俳句があってこその人生・・・みたいに
 なってきつつありますね。

>津慶さん
 類想はきっと誰にでもあることだと思います。
 はじめから知っていたら逆に投句できないでしょうしね。
 ある瞬間にひらめいた句こそ、
 同じような発想がおきやすいのかもしれません。
 でもこれからも類想や類句を恐れずに
 見たものを17文字にしていきたいと思います。

投稿: かつこ | 2008年9月10日 (水) 00時22分

みなさんのコメント、いいですね。
反響、うらやましです。
「板」で小生の句を・・
『六月の浜辺に板と鉄骨を』
わかりますか?
「それがどうした」という報告ですが、
「海の家」の建設現場で、浜辺に板と鉄骨が並べてある。
板と鉄骨に着目をしたということ。

投稿: けんいち | 2008年9月10日 (水) 00時43分

訂正です。
『六月の浜辺に板と鉄骨と』
すみません。

投稿: けんいち | 2008年9月10日 (水) 00時46分

>けんいちさん
 またまたコメントありがとうございました。
 皆さん本当に俳句が好きなんですね。
 たくさんのコメントで励まされました。
 お互いに頑張って17文字に取り組んでいきましょう!

投稿: かつこ | 2008年9月10日 (水) 00時59分

類想のこと。気にしないようにして、でも、指摘されたら、考えますね。

津慶さん。私の句に、こんな句がありました。

秋天に続く石段登りけり

私も、お寺の急な石段を見上げて、ふと出てきた句でしたが、やっぱり同じ思いになりますよね。とくに吟行句がそうなりやすいと思います。でも、めげずに作りましょう。この句は、主宰(選)になりました。

投稿: かよ | 2008年9月10日 (水) 15時55分

>かよさん
 コメントありがとうございます。
 ある程度の類想はしかたのないことでしょうね。
 ただ表現も一緒だとまた問題なんでしょうね。
 石段の句、確かに津慶さんの句と似ていますね。
 でも、類想を恐れると何もできなくなりそうなので、
 これからもあまり気にせずにやっていきたいと思います。

投稿: かつこ | 2008年9月11日 (木) 10時55分

おはようございます、
類句のことはいろいろと難しいですね。
以前読んだ本にあった話ですが、

子規と親交の深かった夏目漱石にこんな句が、

   鐘つけば銀杏ちるなり建長寺

柿くへばと類句であるという話になるのですが、
漱石のこの句のほうが先に発表されてるそうです。
句としては、柿くへばのほうがいいと思うし。

それと、「同じ句想で詠まれているものが他にあるかも知れない」と、「あの句の類句だ」というのはまたすこし意味が違う気がします。

さらにまた別の意味合いになりますが、私の先月の「向日葵やなに見て笑ふ竜馬哉」は角川春樹氏のよく知られた句、「向日葵や信長の首斬り落とす」を意識して詠みました。このことはエントリーにupしたときコメントで付け加えています。誰かに指摘されてそうした訳じゃなくて。
本歌取りとは違うけど、有名句を前提にしてのそういった趣向も面白いのでは?、と思います。

投稿: yuhki | 2008年9月13日 (土) 07時47分

>yuhkiさん
 こんばんは。
 類句のこと、反響大です。
 ここのコメント以外にもたくさんのメールを頂きました。
 同じ句想で詠まれているものはきっとたくさんあるでしょうね。
 類句と類想は、別のものなのかもしれません。
 たった17文字ですから、同じようなフレーズは
 真似したわけではなくてもあり得ると思います。
 そして、本歌取りとは違うけど、ある句を前提にして作る句も
 結構たくさんあるでしょうね。
 その場合、元の句を知っていてこその面白さがありますね。

投稿: かつこ | 2008年9月14日 (日) 00時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 句会でした | トップページ | ハシビロコウ »